
ライナーノートより
活況を呈する現在のアイリッシュ・ミュージック(アイルランドの伝統音楽)界で、終身横綱のチーフテンズを番付外の別格にする
と、東の正横綱に君臨すると誰もが認めるのは、やはりアルタンだろう。そして彼らと競う西の横綱候補となれば、いろいろ意見もあるかもしれないが、本CDの主役ダーヴィッシュを押す人が多いはずだ。アルタンはドニゴール、ダーヴィッシュはスライゴーと、それぞれにアイルランド西部の伝統音楽の盛んな地域を代表するグループという点も、両者を良きライヴァルにしている。
そのダーヴィッシュが02年12月遂に初来日を果たすことになり、それに先駆けて彼らのアルバムがまとめて紹介される。10数年の活動歴がありながら、日本では過去にアルバム1枚が発売されただけで、来日の機会も無かったために、アルタンに負けず劣らずの人気と評価を得ているグループという事実が我が国では理解されてこなかった。そういった状況もこれで一変するはずだ。 ダーヴィッシュはデビュー以来ずっとアルバムを自分たちのレーベル
Whirling から発売している。当然配給や宣伝などの点で不利を強いられる部分も多いはずだが、それにもかかわらず本国のみならず、欧州各国でも高い人気を保っている。オランダあたりではアルタンをしのぐ勢いと聞くし、97年のライヴ・アルバムを録音したスペインのマジョルカ島のような場所で数千人もの観客を集めたりする。それは彼らが結成以来コンサート・ツアーに多くの月日を割き、各国をこまめに回ってきた結果であり、そのライヴ・パフォーマンスの素晴らしさで聴衆を勝ち得てきたことの証明である。
小生は昨年8月にそんなダーヴィッシュのライヴを初めて観る機会に恵まれた。00年から毎年8月にダブリンの(通常はクラシック音楽中心の)ナショナル・コンサート・ホールで行なわれている「beoケルティック・ミュージック・フェスティヴァル」の01年版に彼らが出演したのだ。このフェスティヴァルはアイリッシュ(一部スコティッシュなど)・ミュージックの人気アーティストが一晩2組ずつ出演する連続コンサートで、ダーヴィッシュは3日目にカパーケリーと共に登場した。(01年の盛況を受けて、02年は4日間から5日間に拡大され、ダーヴィッシュは楽日に出演する予定)
ダーヴィッシュのライヴ・パーフォマンスを実際に観て、特に印象に残ったことが2点あった。ひとつは演奏面で、マンドリン/マ
ンドーラ、ブズーキ、(調弦を工夫して9本の弦しか張ってないらしいが)12弦ギターという3本もの複弦の撥弦楽器を要する楽器編成である。チューンの演奏をぐいぐい引っ張っていくのは、もちろんフルート、フィドル、アコーディオンという3台のソロ楽器なのだが、それをぐーっと後押しする3本の弦楽器リズム隊(ギターは時折旋律をユニゾることもある)が作る厚い音の壁の迫力は他の伝統音楽のグループでは決して聴くことのできない類のものだ。特にテンポの速いチューンでは、その効果ゆえに凄まじいほどの勢いが演奏に生まれていた。
もうひとつは歌手のキャッシー・ジョーダンである。素晴らしい楽器陣の演奏力はもちろんだが、舞台上でのダーヴィッシュの個性を作っているのは、何よりもキャッシーのキャラクターという印象を受けた。キャッシーは伝統に則った歌い方から、かなりポップな感じまでの幅広い歌い方ができる器用な歌手だ。その晩のセットリストには、ボブ・ディランの〈スペイン革のブーツ〉があったのだが、その曲の自由奔放な歌いっぷりに、僕は(ちょっと大袈裟な表現だが)「おいおい、君はシンディ・ローパーなのか?」と心の中で彼女にツッコミを入れていたほどだ。
明るい色と柄のサマー・ドレスに身を包み、クネクネと体を動かすパフォーマンスとか、曲紹介で必ずと言っていいほど伝承曲の登場人物たちを現代の男女関係と比較して面白可笑しく語り、場内の笑いをとるところとか、伝統音楽グループのフロントウーマンにはまったくふさわしからぬ変わったオネエチャンという個性はアイリッシュ・ミュージック界を見渡しても、他に見つからないものだ。
この複弦の撥弦楽器3本による音の壁とキャッシー・ジョーダンの存在という2つの特徴こそが、ダーヴィッシュの強い個性を作っていて、彼らを現在のアイリッシュ・ミュージックの代表的グループであると同時に、特異なグループでもあり続けるという魅力的な二面性を与えている。
さて、本CD『ディケイド』は表題通り、ダーヴィッシュの最初の10年間、90年代を総括するベスト・アルバムで、その間に発表した5枚のアルバムからの代表曲を集めた編集盤である。初来日公演の予習に最適な1枚だろう。
ダーヴィシュの歴史はアイルランド北西部のスライゴー州で活躍していた伝統楽器奏者が集まって、89年にアルバム『The Boys
of Sligo』を制作したことに始まる。このダーヴィッシュと名付けられたプロジェクトに係わったのは、リアム・ケリー(フルートとウィッスル)、シェーン・ミッチェル(アコーディオン)、ブライアン・マクドーナ(マンドリン/マンドーラ)、マイケル・ホームズ(ギター、ブズーキ)、そしてマーティン・マクギンリー(フィドル)の5人。リアムとシェーンはそれぞれ9歳と7歳のきから一緒に演奏してきた幼なじみで、カレッジ時代にマイケルと知り合い、その後ダブリンからスライゴーに引っ越してきたブライアンと出会った。ブライアンは70年代後半から80年代前半に活躍したグループ、オシーンの元メンバーとして知られていた。
彼らはそのアルバムの好評に励まされ、そのままグループとして活動を続けていく。形成期とも呼べる2年間を経て、バンドは91年に本格的にスタートする。スライゴーの隣ロスコモン州生まれの若い女性歌手キャッシー・ジョーダンと、BBCでの放送の仕事を選んだマクギンリーの後任として、タイロン出身で全アイルランド・チャンピオンのフィドル奏者シェーン・マカリーアが加わり、それから7年間不動となる顔ぶれが揃ったのだ。
93年にダーヴィッシュはデビュー・アルバム『ハーモニー・ヒル』を発表する。この第1作からは、アルバムの冒頭2曲を飾った6と4が選ばれている。エキサイティングな新人グループのアルバム・デビューはたちまち評判を呼び、彼らはライヴで引っ張りだこのグループになり、アイルランド、英国だけでなく、欧州各国もツアーで回る忙しい日々が始まった。
94年の2作目『プレイング・ウィズ・ファイアー』は絶賛を浴び、彼らの評価を決定付けたアルバム。アイリッシュ・フォーク・ミュージック・チャートで第1位となり、数ヶ月その座を占めた。ここには7と10を収録している。なお、同年に彼らは米国のレーベルと契約を結び、2枚のアルバムを発売。米国各地のフェスティヴァルなどに出演するようになり、そこでも評判を呼んだ。
96年夏に3作目『アット・ジ・エンド・オヴ・ザ・デイ』を発表。ホット・プレス誌の年間最優秀トラッド・フォーク・アルバムを獲得した。このアルバムは日本でも発売された。ここには1、8、9と3曲を収録。同年には東アジア・ツアーを行ない、香港やマレーシアにやってきたらしいが、どうして日本に足を伸ばさなかったのかしらん。
そんなふうに世界各地を回って鍛え上げた彼らのライヴ・パフォーマンスの素晴らしさを刻みこんだのが、97年の4作目『Live
in Palma』である。表題通りにスペインにマジョルカ島の首都パルマの劇場での火花散るパフォーマンスを2枚組アルバムにまるごと収めたものだ。ほとんど欠点のないコンサートで、伝統音楽のライヴ・アルバムとしては最高の作品のひとつという評価を得ている。ここには4曲が選ばれているが、元々2は『プレイング・ウィズ・ファイアー』、13と14は『アット・ジ・エンド・オヴ・ザ・デイ』が初出だ。なお、このアルバムに皆が感激したのだろう、アイリッシュ・ミュージック誌の読者はダーヴィッシュを97年の最優秀年間総合トラッド/フォーク・バンドに選んだ。
98年、ツアーで忙しく過ごすバンドに大きな変化が起きた。シェーン・マカリーアの脱退である。彼の後任にはスライゴー出身のシェイマス・オダウドが参加。特徴的なスライゴー・スタイルのフィドルだけでなく、ギターもこなす彼の多才さは、同年末にリートリム州出身の全アイルランド・チャンピオンのフィドル奏者トム・モロウを加えたときに、ツイン・フィドルもフィドルとギターのユニゾンも可能という楽器編成の選択肢を広げた。そして、その新しい7人編成によって録音されたのが、99年夏の『Midsummer's
Night』だ。3、11、12はその現時点の最新作からの選曲である。
(2002年8月 五十嵐 正)
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<各曲紹介>
1) The Kilavill Set(アット・ジ・エンド・オブ・ザ・デイ)
アップテンポで一気にたたみかけるハイ・エナジーなナンバー。
2 ) Molly and Johnny(ライヴ・イン・パルマ)
語り部のようなドラマチックなキャシーの声が印象的なライブ曲。
3) The Lark on the Strand(ミッドサマーズ・ナイト)
哀愁感溢れる導入部から重厚感溢れる後半へと聴かせる。
4) The Hills of Greanmore(ハーモニー・ヒル)
リズミカルな歌とバックがなんとも可憐な初期の代表曲。
5) The Worlds End(ライヴ・イン・パルマ)
リアムのフルートが切々とした情感を高めていくライブ。
6) Apples in Winter(ハーモニー・ヒル)
ノリのよいじつに楽しげな初期の代表作の一つ。
7) Pegin mo chroi(プレイング・ウイズ・ファイアー)
ダーヴィッシュの代表曲。来日公演も大合唱で盛り上がるのは間違いなし。
8) Josefin's Waltz(アット・ジ・エンド・オブ・ザ・デイ)
スウェーデンの実力派バンド、ヴェーセンと共演した美しいインストゥルメンタル。
9) An Spailpin Fanach(アット・ジ・エンド・オブ・ザ・デイ)
キャシーのヴォーカルが魔法のように心地よい定番曲のひとつ。
10 ) The Hungry Rock(プレイング・ウイズ・ファイアー)
これまたリアムのフルートが情感溢れるミドル・テンポのナンバー。
11 ) The Banks of the Sweet Viledee(ミッドサマーズ・ナイト)
哀切感漂う歌が徐々に感動的な盛り上がりを高めていく新境地のナンバー。
12 ) Palmer's Gate(ミッドサマーズ・ナイト)
スケールの大きなテンションの高いアンサンブルで聴かせる名演。
13 )Ar Eirinn Ni Neosfainn Ce Hi(ライヴ・イン・パルマ)
ライブの熱狂を気持ちよくクールダウンさせてくれる静寂な曲。
14 )Jim Coleman's(ライヴ・イン・パルマ)
乗りに乗ったライブでの躍動感を体感できるナンバー。
ダーヴィッシュの公式ウエブサイトで
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CD番号:TRCD0095 価格:2520円
解説 五十嵐 正