2.オシーンからダーヴィッシュへ
Q)1970年代の半ばにブライアンさんはオシーンを結成して3枚のアルバムを作られましたが、どれも素晴らしいもので我々は70年代後半のアイリッシュ・ミュージックの代表的なアルバムだと思っています。
〔注:オシーンOISIN はブライアン(マンドリン、マンドーラ、ギター)のほか、ジェラルディーン・マクガワン(ヴォーカル、バウロン)、トム・マクドーナ(ブズーキ、ギター)、ミック・ディヴィス(フィドル、ヴォーカル)、シェイマス・マクガワン(ギター、ヴォーカル)によって結成されたトラッド・グループ。オシーンは4作のアルバムを残したが、ブライアンが参加しているのはその内の最初の3作、『OISIN
』(アイルランドID RECORDS IDLP2006,'76)、『BEALOIDEAS』 (同IDLP2011,'79)
、『OVER THE MOOR TO MAGGIE 』 (アイルランドTARA 2012,'80)である。〕
B)当時はこれらのアルバムもあったし、プランクテシィやチーフタンズやデダナン、ボシー・バンドのアルバムもね。自分達はその中の小さな一部だったけれど、当時のアイリッシュ・ミュージックを作り上げたのだと思う。

マイケル・ホームズ(ブズーキ)写真提供:プランクトン
Q)特にオシーンで印象的だったのは、ブライアンさんを始めとしたマンドリンやブズーキやギターなどのストリング楽器の繊細なアンサンブルの点と、歌と演奏のバランスが非常に良いという点でした。ダーヴィッシュの音楽は勿論オシーンとは全く違うものですが、やはりこうした特徴は共通していると思います。これはブライアンさんの好みや指向性ゆえの事でしょうか。
B)いや、オシーンもそうだけれど私はダーヴィッシュでプランクシティの様なマンドリン(マンドーラ)とブズーキのインタプレイを目指していたんだ。マイケル・ホームズ(ブズーキ)達とね。これをやっているグループはそんなになかった。何故ならこれだけの楽器を揃えているグループが他に無かったからね。ギターとブズーキのバンドはあるが、それだけでは余り上手くいかない。マンドーラが必要なんだ。
こういう楽器的な要素が独自の音楽を作っているのではないかと思う。またこうした楽器をフイットさせるスペースをお互いに見つけあいながら演奏していくという気持ちについてもね。
オシーンとダーヴィッシュとの違いは、ダーヴィッシュが行っている事と比べてオシーンの音楽はプリミティヴだったという点だと思う。オシーンのアルバムはダブリンのシーンで作られたものだ。そこでは余り多くのセッションが無かったので主にレコードから学んでいたのだ。私はスライゴーに移ってから子供の頃から演奏している様な本物のトラディショナル・ミュージシャン達に会う事が出来るようになっ
た。彼らは実にファンタスティックで、驚かされたものだ。そこで私達は何かを創造出来るという可能性がある様に思ったんだ。
Q)つまり、あなたがスライゴーに移ったのは本物のトラディショナル・ミュージシャン達に会うという目的からだったのですね?
B)いや、実は単にダブリンを出たかっただけなんだ。ダブリンで私の住んでいたところは郊外との境だったのでもともと田舎の生活が好きだったのさ。それからスライゴーには絵画の勉強をしに行ったという理由もある。
Q)ダブリンがどんどん大きくなってきたので都会の喧騒に巻き込まれるのが嫌だったと?
B)それに、単に変化を必要としていたという事もある。ダブリンでは行きつくところまで行ったので心機一転したかったという意味さ。