4.ソロ作品、カーニバル・バンド...
Q:次の質問はカーニバル・バンドについてなんですが...
M:ああカーニバル・バンドね!新しいアルバム(2001 年の暮れにリリースされた『GOLD FRANKINCENSE
& MYRRH 』のこと) は持っていますか?
〔写真12) MADDY PRIOR & THE CARNIVAL BAND: GOLD FRANKINCENSE
& MYRRH (英 PARK PRKCD59,CD〕

Q:もちろん。とてもユニークなアルバムですね。
このカーニバル・バンドの音楽はいつでもとてもユニークですが、彼らの音楽はトラディショナル・ミュージックと古楽の中間の音楽ですね...
M:そう彼らはとても伝統的だし、また皆クラシックの訓練を受けているクラシックの音楽家なの。彼らは皆中世音楽をやっていて、音楽の知識は本当に凄いのよ。彼らは他の誰とも似ていないし、高度なテクニックを持っている...
Q:ヴォーカリストしての貴方にとってカーニバル・バンドとの共演は新しい挑戦だったと思うのですが..
M:その通りね。
Q:で、どのようにしてかれらを知って一緒に共演する様になったのでしょうか?
M:私はラジオで一緒に歌う様に依頼されたの。彼らとは会っていなかったので、テープでの共演でした。彼らの演奏は素晴らしいもので私は心から楽しみました。それで次の年に彼らと初めて顔を合わせたのです。それで一緒にアルバムを作る事になって....
Q:貴方と出会う前は、カーニバル・バンドはヴォーカリスト無しだったという訳ですね。
M:その通り。でも彼らは今では良いシンガーでもあるわ...
Q:で、カーニバル・バンドのニュー・アルバムはとても衝撃的でした。何故ならカーニバル・バンドはジョン・プレイフォード(高名な舞踏曲集の『イングリッシュ・ダンシング・マスター』を編纂した17世紀の英国の音楽家)の曲の様なイングランドの音楽を専門にしているグループだと思っていましたから。この新作は全く違うものですね(中近東の伝統音楽に影響を受けた音楽で、古代の物語をやっている)。
M:彼らは皆、中世の楽器や、中近東の楽器やアフリカの楽器などをを演奏できる高いスキルを持っているのです。私達は王様について話し合って..私は物語を劇として上演したかったの。それで私は歌を歌詞を書いて彼らと一緒に曲を作りました...
Q:つまりこの内容をステージで上演したのですね。
M:そう、プロジェクターを使ったりしてね。
Q:それは興味深い。ところで彼らは以前から中近東の楽器に親しんでいたのですか。
M:ええ。例えばフィドルや歌をやっているジャイルズ(・レーウィン)は砂漠地帯へ赴いてそこの人々と共演したりしているの。
Q:彼らは全員クラシックの音楽家でありながら同時にエスニック・ミュージックにも強い関心を持っているのですね?
M:全くその通りです。彼らは常に学び続けているのよ。
Q:彼らは英国古楽の偉大な伝統を受け継いでいますね。今日の古楽の先駆者のデヴッド・マンロウがエスニック・ミュージックにもとても愛情を持っていた事を思い出します。これは偉大な伝統ですね。
M:その通り。エスニック・ミュージックを知れば全ての文化がはっきりするわ。
全てのものが意味を持っているの。アーティストはラッキーだと思います。
Q:もちろん、この事は貴方自身についても当てはまる事ですね。貴方は他国のエスニック・ミュージックにも強い関心を持っている...貴方は70年代にすでにジューンとブルガリアの歌を歌っていた訳ですし。
M:そう、それらを歌うのにベストをつくしているわ。
Q:私たちは貴方の事を殆ど間違って理解していたのではないかと思います。私たちは貴方を偉大な「イングリッシュ・シンガー」だと認識していたのですが、しかし実際には貴方はとても偉大な「ジェネラル・シンガー」なのですから。
M:でも私はあくまでもイングランドの出身のイングランド人ですし...
Q:それでは将来の計画について伺いたいのですが、これから貴方自身のソロ・アルバムとカーニバル・バンドの音楽はどのように異なったものになるのでしょうか?
M:私の新しいアルバム(『アーサー王伝説』)には長い曲もあるし、カーニバル・バンドのニュー・アルバムは自作の歌詞による歌の組曲になっています...マネジャーの指示で私の自作のクレジットは入れてませんけれどね。...私とカーニバル・バンドの音楽の将来についてははっきり分からないけれど、ひとつの事だけをやらない方がリフレッシュになると思います。新しい事を常にやる事が新鮮だし、私自身も楽しめるのです。
Q:あなたの最近のソロ・アルバムではニック・ホーランド(キーボード奏者)やトロイ・ドノックレー(イーリアン・パイプからギターまで様々な楽器をこなすマルチ・インスト奏者)がミュージカル・パートナーとして大きな役割を果たしていますね。彼らを知ったきっかけは?
M:私はニックとは20年も前から知っていて歌とキーボードだけの演奏を6年間もやっていた事もあるのです..トロイはスティタス・クォーが
"ALL AROUND MY HAT"(スティーライ・スパンの1975年のアルバムのタイトル曲になっているトラッド・ソング)を30周年アニバーサリー・コンサートでカバーした時に知り合ったのよ。トロイはその時にゲスト出演していたの。最初に出会ったのはユー・スローシュ(YOU
SLOSH, 1987 年にトロイが参加したフォークロック・バンドでこれはトロイの最初期の音楽活動) の頃でしたけれど...
Q:まだまだ伺いたい事は沢山ありますが、時間ですので最後の質問です。あなた自身にとってはこれまでのソロとスティーライのアルバムでフェイバリット作はどれでしょうか? その理由は?
M:そうねぇ..『YEAR』(1993 年のマディのソロ) は興味深いアルバムですし、スティーライの最初のアルバムも....
〔写真13) MADDY PRIOR :YEAR (英PARK PRKCD020,CD〕

Q:ああ、つまりアーティストとして常に最新のアルバムがベストだと..?
M:そう、いつも最新がベストなの。情熱を注いでいるわ。
(2002年3月26日午後 東京・吉祥寺のイタリア・レストランにて)
[後記]それにしてもあのマディ・プライアである。1960年代から今日まで文字通り英国フォークの歴史を造ってきたマディがついに日本の土を踏み、その彼女に話を聞く事が出来たのだ。関係者の方々の尽力には何と感謝をしたら良いのか言葉も無い。
さてマディは本当に素敵な人で、予想通り気さくな人柄だったが、リラックスした雰囲気の中にも言葉の端々から真のアーティストとしての存在感が滲み出ていたのが印象的であった。文中のインタビューの中でも語ってくれたが、彼女は「常に新しい事に対してチャレンジしたい」という点を強調していた。実際(インタビューの後で確認したのだが)現在スティーライ・スパンを脱退しているのも、同じ事ばかりやりたくないという意図からだそうである。更にカーニバル・バンドで古いキャロルなどを歌い始めたのも、純粋に新しいチャレンジだったと語っており、子供の頃に教会に通って聖歌を歌っていたなどという経験は無いという。またコンサートでは観客に曲の意味を伝える事を特に気に掛けていたが、こうした事を含めて彼女のフォーク・アーティストとしての真摯な姿勢も強く印象に残った。
今回のインタビューではハードなスケジュールの中を少なからぬ時間を割いて、マディは本当に快活に語ってくれた。インタビューに際してはミュージック・プラントの野崎洋子氏を始め、トリニティー・エンタープライズの方々に様々な助力を頂いたが、本稿の文責は全て筆者にある。著者の独断で要約しなければならなかった箇所が少なからずあるが、この重要なアーティストの真意が少しでもお伝え出来ればと願っている。意欲的に発表されつづけている彼女のアルバムを聞きながら、彼女が再び来日する日を心待ちにしたい。
(2002年夏 白石和良)
*著者の遅筆で本稿が遅くなった事を深くお詫びいたします。