白石和良さんによる、ミホール/トリーナ/モレート・インタビュー

5.ボシー・バンド、バウロン

Q:どうも良い思い出だけではないようですね....それでは話題を変えて。ボシー・バンドに関してはこれまでも何度も質問していますので、今日は一言だけ。バンドのサウンドはメンバーみんなで決めたものなのでしょうか?それともメンバーの誰かが決めたものでしょうか?

ミ:ドーナル(・ラニイ)が大きなファクターだったね。勿論、僕たちメンバーみんなが協力したのだが。...ボシー・バンドの発端はゲール・リン・レーベルの創設24年を記念しての計画だった。彼らは僕とトニー・マクマホンにミュージシャンを集めて記念コンサートをする事を依頼してきたんだ。だから僕たちは皆に声を掛けた。〔注:ボシー・バンドの最初のメンバーにはトニー・マクマホン(アコーディオン)やパディ・グラッキン(フィドル)がいた。〕でもトニーはラジオ・プロデューサーとしての仕事があったし、パディ・グラッキンは当時まだ学生で、自分の家を離れられなかったんだ。だからこの二人がバンドを抜けて、僕達はトミー・ピープルズ(フィドル)に参加を要請した。これがボシー・バンドの始まりなんだ。

〔付記:ボシー・バンドの結成の経緯についてはこのミホールの説明と異なる資料もあるが、このインタビューでは時間の制約もあってこれ以上立ち入る事は避けた。〕

Q:これはボシー・バンドから離れた一般的な話ですが、ミホールさんのサウンドの好みはバンドにバウロンやパーカッションを余り使用しない事の様に思いますが..?

ミ:そう、僕はパーカッションはバウロンが余り好きではないんだ。バウロンは余りに多く使われすぎていると僕は思う。あくまで僕の意見だが、音楽を破壊していると思うんだ。... 僕の耳には。僕の好みでは旋律だけの方がもっと良いのに。バウロンを演奏する人達の多くは素早く叩くばかりだろう?それでは味わいが無いんだ。だから僕はバウロンやパーカッションの大ファンとは言えないんだ。

Q:うーん、よく分かるように思います。

モ:シェイマス・エニスは言っていたものよ。『バウロンはペンナイフで叩くのが正しい』ってね(笑)...つまり彼もバウロンが余り好きじゃなかったという訳ね。

ミ:ショーン・オリアダ以前はバウロンはトラディショナル・ミュージックでは余り使われる楽器ではなかったんだ。ある地域ではタンバリンを使っていた。それも常にではなく時々ね。タンバリンを時々手にしてスティックではなく手で叩いていたんだ。そして叩き終わるとタンバリンを置いてミュージシャン達はまた演奏を続けたものだ。しかしショーン・オリアダはバウロンを自分のグループで重要な役割にした。そしてそれから数年の内にバウロンはアイルランド中で演奏されるようになったのだ。つまりバウロンが使われるようになったのは最近の事なんだ。
〔注:元々クラシック畑の音楽家であったショーン・オリアダは1950年代末にパディー・モローニ達と共に革新的なアイリッシュ・グループ、キョールトリ・クーランを結成し、これが後のチーフタンズに繋がっていったのだが、このキョールトリでオリアダ自身はハープシコードとバウロンを演奏していた。〕

モ:ドーナル・ラニイやジョニー・リンゴ・マクドノー達はどのようにバウロンを演奏すべきかを心得ていて楽器として演奏しているのでとても味わい深いのだけれど、他の人達は単に大きな音を出すだけよ。

ト:スプーンも同じね。

ミ:(多くのバウロンは)ただのノイズだね...でも、バウロン奏者には言わないでおくれよ。友人のプレイヤーもいるしね(笑)。

      

  

   

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