白石和良さんによる、ミホール/トリーナ/モレート・インタビュー

2.クラナドとの共演、ブルターニュとスコットランドの音楽

          

 ゲール・リンから発売された『CLANNAD 2 』。
 これは白石さんがお持ちのアナログLP盤で、メンバーのサイン入りという大変貴重なもの。
 後にCDでも発売されている。
 2002年、トレジャー・レコードで日本発売。

               

   

                          

 

Q:それでは次の話に進んで、このクラナドの74年のアルバム『CLANNAD 2 』 (アイルランドGAELLINN CEF041)なんですが....(アルバムを見るとミホールとトリーナは懐かしがってか、ウァオと大きな歓声を挙げた)... これにはミホールさんとトリーナさんが参加されていますね...

ミ:実はそれの印税はまだ貰っていないんだよ..

Q:ええっホントですか(!!)

ト:ミホールはアレンジもしていたわね。私は参加した事を忘れてたわ。何かやったのでしょうけれど。

Q:トリーナさんは幾つかの曲でキーボードで参加しています...で、まずクラナドのメンバー達とは若い頃から親しかったのですね?

ミ:そう、勿論。僕は特にベース・プレイヤーのキーランとは仲のよい友達で一緒によく遊んだよ。

Q:(ミホールさん達の)学校が休みの時、ドニゴールに行ってクラナドのメンバーと会っていたという訳ですね...

ミ:そうだ。

ト:エンヤがクラナドを抜けた時、その頃私はアメリカに住んでいたのだけれど、私は彼らから「非常事態」なのでクラナドに加わってツアーしてくれないかと頼まれた事があるのよ。アイルランド国内を3週間と、ウイーンでの2つの公演...などに加わったけれど楽しかったわ。

Q:そういう事があったのですか。それはボシー・バンドの後の時代ですね。

ト:そう、エンヤが抜けた時の事です。その時の(直前の)クラナドのアルバムのタイトルは..確か『FUAIM 』だったわ。(歌いながら)Oro na buachilli,na buachilli bhi alainn... っていう歌を覚えているわ。私はその時の彼らのアルバムを聞いていなかったので、大急ぎで全て覚えなければならなかったのよ。

Q:そうですか、トリーナさんが参加した時のレコーディングが残っていないのは残念ですね。

〔付記:トリーナが口づさんだのは、確かに1982年のクラナドのアルバム『FUAIM 』(トレジャーレコード) の冒頭の曲"Na Buchailli Alainn" のリフレインで、このアルバムの直後にエンヤはクラナドを脱退したのだった。インタビューの後気づいたのだが、昨年英国で出版されたクラナドのモイア・ブレナンの自伝"THE OTHER SIDE OF THE RAINBOW" (Hodder&Stoughton 出版) にもこの時のエピソードが載っていた。モイアはこの様に記述している。『私達にはアイルランド・ツアーが差し迫っていてエンヤの抜けた穴を埋めなければならなかった。この頃までに私達の曲はキーボードやシンセサイザーに頼るようになっていたので至急代わりの人を見つける必要があった。私は昔から良く知っていた友達のトリーナを招集した。彼女は当時米国のノースカロライナに住んでいたけれど、ツアーに間に合うように次の飛行機で飛んで来て喜んでクラナドに参加してくれた。... トリーナは素晴らしい歌手でキーボード奏者で、クラナドに即時に溶け込んでくれた。』なお蛇足ながらモイアは同時にこんな興味深いエピソードを暴露している。『私とトリーナは殆ど危険な状態でもあった。トリーナは少しばかりお酒が好きで、私達二人は気がつくと、バーでブラッディー・メアリーをぐいぐい飲んでいた。サウンド・チェックをやっていなければならない時刻に。』〕

Q:それでは、先の『CLANNAD 2 』の話題に戻りますが、このアルバムでミホールさんは多くの曲でアコースティック・ギターを弾いたり、ドーナル・ラニイと一緒にプロデュースしていますが、特に興味深いのはスコットランドのウァオキング・ソング(Waulking song:ツイードの縮毛作業の為の仕事歌) の"DHEAINN SUGRADH" で、クラナドはミホールさんのサジェッションでこの曲を取り上げる事にしたと書いてあります....

ミ:ええ、どの曲だったっけ、ああこれだったね。

Q:この歌はスコットランドのものですが、ブルターニュのアラン・スティーヴェルの録音でも良く知られているものですね。

ミ:その通り。彼はゲール語の歌を幾つか録音しているね。

Q:ミホールさんはアラン・スティーヴェルの音楽には親しんでいたのですか?

ミ:そう、僕達はスティーヴェルは良く聞いていたよ。彼はその頃、頻繁にアイルランドに来てコンサートをやっていたんだ。それに僕たち、トリーナやマイレッドもブルターニュによく行っていて、ブルターニュのミュージシャン達と会っていたんだ。
その頃、スティーヴェルは人気が上がってきたところで、アイリッシュ・ミュージックの状況と丁度同じ様に、彼はブルターニュの音楽をリヴァイヴァルさせていた。70年代の始め頃は、アイルランドとブルターニュは密接に連携していたんだ。ブルターニュのミュージシャン達はアイルランドに来ていたし、アイルランドのミュージシャン達はブルターニュに行っていた。我々はとても親しかったと言う訳さ。スティーヴェルは大スターだったね。

Q:素晴らしい時代だったのですね。ところで先の"DHEAINN SUGRADH" では、ミホールさんはユニークな事にエレキ・ギターを弾いていますね。この曲をエレキ・ギターで伴奏するというアイデアは何処から?

ミ:僕がエレキを弾いたのは、殆どその時1回のみだけれど、それはアラン・スティーヴェル・バンドのギタリストのダン・アーブラスの演奏からヒントを得たんだよ。
〔付記:つまり結局のところ、ミホールはこの頃、アラン・スティーヴェルの音楽にレパートリーのみならずそのロック的な演奏にも少なからず刺激を受けていてそれをクラナドを借りて実践してみたという事だったのだ。〕

Q:ミホールさんは先の『CELTIC FOLKWEAVE』でもブルターニュの曲("BRETON DANCES" )をやっていますね..。

ミ:そうだ。それはブルターニュで覚えた曲なんだ。

Q:このアルバムのタイトルは『CELTIC FOLKWEAVE』(ケルトの民芸織物)となっていますが、この頃からアイリッシュ・ミュージックをケルトの音楽の一つという視点で捉えていたのでしょうか?

ミ:いや、そのアルバム・タイトルは僕たちではなくレコード会社が付けたものなんだ。彼らは明らかにマーケットを意識していたのだろうね。ブルターニュ人がアイルランドに行ったり、アイルランド人がブルターニュに行っている状況を見ていたのだ。確かに目が効いているね...僕は決して好きになれなかったタイトルだけれどね(笑)。

ト:彼らはモンローと言っていたのよ。それがデュオの名前だったの。

Q:モンローって、マリリン・モンローのMonroeですか?

ミ:そう。正確には、モンロー将軍Genearal Monroe のモンローの意味だけれど...マリリン・モンローとの関連を聞いたのは初めてだな(笑)。

〔付記:蛇足ながら、昨年久々に来日したジョン・レンボーンに話を聞いた際に、ジョンは自分の考えるアイリッシュの名盤の一つに奇しくもこの『CELTIC FOLKWEAVE』を挙げていたのである。そのジョンやバート・ヤンシュの音楽(特にギター・スタイル)がミホールの音楽の出発点だった事を思うとこれはなんとも興味深い事ではないか。〕

Q:それでは先程も話の出たスコットランドの音楽について伺いたいのですが。モレートさんも今度のステージでロバート・バーンズの素晴らしい歌"Ae Fond Kiss"を聴かせてくれました。ドニゴールの音楽はスコットランドの音楽と関連性があると言われていますが、それはともかくとして皆さんは個人的にも昔からスコットランドの音楽を聞いたり歌ったりして親しんでいたのでしょうか?

ミ:その通りだ。

モ:私達が子供の頃、家にマクドナルド・シスターズのレコードがあったの。彼女は例えば後にボシー・バンドが歌った"Fionnghuala" (アルバム『OLD HAG YOU HAVE KILLED ME』に収録)とかいった歌を歌っていた。アレンジは余り良くなかったけれど歌は素敵だったわ。私達は皆それを聞くのが好きでした。そうしてスコットランドの曲に親しんでいたのです。それに私達は子供の頃からスコットランドとは近い関係がありました。ラナファストの祖父や父親の世代の多くの人々は、スコットランドの農場へ芋の収穫作業の季節労働をしに行っていたのです。ラナファストからスコッランドのグラスゴーへのバスもあったのです。ラナファフストの人々はダブリンではなくグラスゴーの方を自分たちの首都と考えていたくらいなのです..。

ト:それから私達は"Instrument Music and Dances From Scotland" といったTV番組でアンディー・スチュワート(注:これはシリー・ウィザードのアンデイ・M・スチュワートではなく、今は既に故人となっているスコットランドの歌手の事だろう)なんかを聴いてましたし... 。

モ:私達の父親もそうしたスコットランドとの関連性が好きでしたから、子供の私達にも引き継がれているのですね。

Q:ところで皆さんはスコティッシュ・ガーリック(スコットランドのゲール語)の歌を聴いて内容を理解出来るのですか?

モ:私達にはスコティッシュ・ガーリックを話す友人たちがいますし...亡くなる10年位前に父親が母親と旅行した時、スコットランドの人々と互いの言葉(ゲール語)を理解できる事に驚いたものでした。ドニゴールのアイルランド語はアイルランド国内のコネマラやケリー地方のアイルランド語よりもスコティッシュ・ガーリックに近いのです。

ト:それからミホールはケルティック学科でスコティッシュ・ガーリックを修得しているのよ。そこではそれが主要な言語でした。

Q:それでは皆さんは子供の頃からスコティッシュ・ガーリックを理解していたのですか?

ミ:いや、そうじゃないけれど...。歌の心情は同じなんだ。スコティッシュ・ガーリックの歌もアイルランド語の歌も失恋とかいった同じ事柄を歌っているんだ。どちらを聞いても同じテーマや、同様の構成の歌詞とか、同じ様に始まるコーラス..などに出会う。両者はとても近いんだ。

ト:それからある特定の言葉については、ほんのちょっと違っているだけなので、ああこの意味ね!とすぐ分かる事だってあるし..

ミ:基本的には両者は方言みたいなものなんだ。

<<前のページへ | 次のページへ >>